L(2025年4月21日)
0) 标题:从职业轨迹到社群实践
1) 受访者:L
2) 采访者:W
3) 采访实施日:2025年4月21日
4) 实施场所:ZOOM
5) 采访中提及话题:2010年代(中国)/2020年代(中国)/2020年代(日本)/日本性少数女性社群/在日中国性少数女性社群/主办方
6) 形式:文字
7) 言語:中文
8) 资料公开: 文字稿内部公开(Semi-private)、文字稿(日语版)公开
0) タイトル:キャリア経験からコミュニティ参加へ
1) 話し手:L
2) 聞き手:W
3) インタビュー実施日:2025年4月21日
4) 実施場所:ZOOM
5) インタビューで話題になったこと:2010年代(中国)/2020年代(中国)/2020年代(日本)/日本セクマイ女性コミュニティ/在日中国セクマイ女性コミュニティ/運営者
6) 形式:文字
7) 言語:中国語
8) データ公開および共有の区分:文字(中国語)を共有(Semi-private)、文字(日本語翻訳)を公開(Public)
文字
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・【在日中国人性的マイノリティ女性コミュニティへの参加と運営】
内容
【基礎情報】
Q:先ほどお仕事の話が少し出ましたが、今のお仕事の内容がどんなものか、簡単に教えていただけますか。
A:今の仕事の職種は「戦略アカウントマネージャー」で、グループ企業のような大口顧客を担当しています。
【性的指向の自己認識】
Q:ありがとうございます。この調査は主に性的マイノリティ女性についてのものなのですが、ご自身の性的指向について、いつ頃から意識するようになりましたか。
A:最初の彼女と付き合ったときに、初めて意識しました。
Q:それはだいたいいつ頃ですか。
A:大学3年か4年の頃です。詳しくはもうあまり覚えていません。
Q:その頃、ご自身の性的指向とか、自分が性的マイノリティかもしれないということについて、何か認識はありましたか。人によっては「マイノリティなんだ」と思って、あまりよくないことのように感じることもあると思うのですが、当時はどんな感じでしたか。
A:私は特にそういうのはなかったです。すごく自然な感じでした。というのも、その前に男の子と付き合ったことがあったんです。そうして付き合ったあとで、今度は女の子と恋愛するようになって、もうすぐ恋愛関係になりそうというタイミングで、初めて気づいたんです。前にその男の子と別れたのは、その人個人が好きじゃなかったからだけじゃなくて、もしかしたら男の人自体が好きじゃなかったからかもしれないって。私は男性の性器がすごく苦手で、その性別自体にも強い抵抗感がありましたし、男性的な性のあり方みたいなものもすごく苦手でした。彼女と恋愛関係になりそうになったときに、初めて「あ、自分は男の人が好きじゃないのかもしれない」と気づきました。
Q:なるほど。では、今おっしゃったように、最初の彼女と出会って初めて意識したとのことですが、振り返ってみて、「今思えばあれもそうだったかも」と思うような過去の経験はありますか。思い出せる範囲で大丈夫です。
A:たくさんあります。たとえば、男の子と二人きりで同じ空間にいるとき、すごく話しづらくて、うまくコミュニケーションが取れないんです。最初は、自分が恥ずかしがり屋だからとか、どうしていいかわからない感じとか、恋愛特有の緊張なのかなと思っていました。でも、あとから考えるとそうじゃなかったんですよね。その人の話し方とか、話す話題とか、関係の築き方そのものが、自分には合わなかったし、好きじゃなかったんです。
それまでは「ただこの男の人が好きじゃないだけなんだ」と思っていました。でも実際はそうじゃなくて、男性に共通するある種の特性そのものが苦手だったんだと思います。男の人がよく言う愛情表現みたいなものも、「恋愛ってみんなこういうものなのかな」と自然に受け止めようとしていただけで、あとから振り返ると、やっぱり私は男性のそういう性のあり方が苦手だったんだと思います。実際、当時付き合っていた彼との間にはかなり距離があって、私は彼の男性器がどんなものかも知らなかったくらいで、そういうこと自体をずっと避けていました。たぶんその影響もあって、今でも女の子と付き合っていても、相手の身体をまじまじと見ることはありません。最初に触れた「性」のイメージが、自分にとってすごく不快なものだったんです。だから、人の裸体とか、すごくプライベートな身体の部分を直視すること自体に、ずっと抵抗があるんだと思います。
Q:ありがとうございます。では、その男の子と付き合っていたのはいつ頃だったんですか。
A:大学に入る前は、誰かを好きになったことがなかったんです。人を好きになるってどういう感じなのかもわからなかったです(笑)。片思いみたいな感覚もなかったですね。
【カミングアウトと家族の反応】
Q:今のお話を聞いていると、その彼女と付き合ったことで、「自分は女の子が好きなんだ」と気づいて、むしろそこから自然に自分を理解していった感じなのかなと思いました。周りの環境、たとえば友人関係などは、わりと受け入れてくれる雰囲気だったのでしょうか。
A:そうですね。むしろ女友達の中には、「私はずっと、あなたはレズビアンだと思ってたよ。だから男の子と付き合ってたときのほうがびっくりした」と言う子もいました。あと、「てっきりT(中国大陸ではいわゆるTOMBOYに関連するカテゴリーとして、タチ/ネコの代わりにT/Pという区分が用いられている。これは台湾から流入した表現であるという説もある)だと思ってた」と言われたこともあります。友人の側で受け入れてくれなかった人は、ほとんどいなかったです。
Q:それは、長沙(文化クリエイティブ産業が発達し、若者が集まりやすい都市であり、LGBTQ+に比較的フレンドリーな雰囲気があるとされることもある)という土地の雰囲気自体が比較的オープンだったからだと思いますか。それとも主に身近な友人たちの影響が大きかったのでしょうか。
A:仲のいい友達はほとんど高校時代からの付き合いで、今までずっと続いています。それに、どこにいても私の性的指向について面と向かって否定的な反応をされたことはありませんでした。ごくたまに、そういう話をしていた人がいたことはありますけど、それも私のいないところで勝手に話していただけで、軽蔑するような態度ではなかったです。「男の人とちゃんと付き合ったことがないからなんじゃないか」とか、そういう感じでした。たぶん、男性側の「わからなさ」や「理解できなさ」から来るものだったと思います。少なくとも、私を見下すような言い方ではなかったです。
Q:なるほど。では友達になった相手には、たとえば「彼女がいる」といったことも自然に話していたんですか。
A:はい。話題がプライベートなことになれば、私はかなり率直に話します。わざわざ「私は同性愛者です」と宣言することはないですけど、個人の生活とかパートナーの話になれば、ごく自然に話します。
Q:わかりました。今、友人たちはとても受容的だったとおっしゃっていましたが、一方で受け入れてくれない人もいたということでしたよね。以前少し伺った感じだと、ご家族があまり受け入れていなかったのでしょうか。
A:ああ、そうです。母ですね。両親です。
Q:それは、いつ頃ご両親にカミングアウトして、自分が女性を好きだと伝えたのですか。
A:実は、自分が女の子を好きなんだと気づいたその瞬間に、母に話しました。その頃は、母との関係がすごく良くて、日々のちょっとしたことまで何でも親と共有するような時期だったんです。だから、気づいたその瞬間にすぐ話しました。私にとっては、生活の中の他の小さな出来事を話すのと同じ感覚で、それも自然に共有しただけだったんです。でも、まさかあんなに受け入れてもらえないとは思っていませんでした。ただ、最初の反応はそこまで強い拒絶ではなくて、すごく柔らかかったです。「そんなこと言っちゃだめよ、そんなはずないでしょう」とか、「お母さんにもそういう友達がいたけど、最後はすごく苦労していたよ」とか、最初は慰めるような、心配するような口調でした。そのあと、「あなたはまだ若いから、何が愛か、何が恋愛感情かなんてわからない」と言うようになっていって、何年も経ってから、ようやくかなりはっきりした対立の形になりました。
Q:ということは、かなりはっきりした反対の態度になったのは、すでに働き始めてからということですか。
A:そうです。働き始めてからです。たぶん、その頃には私のパートナーにも会っていたからだと思います。母の中で「具体的な相手」が見えたことで、このことが現実のものとして感じられたんでしょうね。でも、あとになって私は、この問題はそもそも私のパートナーが誰かという話ではないんだと気づきました。私はただ、「私はこういう人間なんだ」と伝えたかっただけなんです。
Q:なるほど。ということは、お母さまの強い反対を感じるまでは、性的指向のことがご自身の生活に何か大きな影響を与えている感覚は、あまりなかったのでしょうか。差別された経験も特になかったということですよね。
A:はい。少なくとも私自身にとっては、それまで何の影響もありませんでした。
【中国の職場における性的マイノリティの経験】
Q:わかりました。そうした周囲の態度は、職場でも同じような感じだったのでしょうか。以前お話ししたとき、職場では少し問題もあったように伺ったのですが。
A:これをこう言うとちょっと自惚れているように聞こえるかもしれないんですが、私の場合、職場で自分の性的指向が何か悪い影響をもたらしたことは一度もないと思っています。でも、それにはいろいろ理由があります。自分なりにいくつか要因があると思っています。まず一つ目に、私が今いる業界自体が、比較的いろんな人を受け入れやすいところなんです。働いている人のタイプも本当にさまざまなので、全体として少し包容力があるんですよね。それに加えて、私は自分の仕事の能力がかなり高いほうだと思っているので、たとえ男性の同僚が何か言おうとしても、私を疑うような態度では話してこられないんです。でも、それだけじゃなくて、私はかなり恵まれていたとも思います。私の所属部署も、上司も、それから非常に重要で発言力のあるお客様たちも、みんなすごく私を支持してくれていました。それも、私の仕事ぶりそのものがちゃんと評価されていたからだと思います。それに、自分で言うのも何ですが、私は比較的やさしくて、明るい性格なんです。だから総合的に見て、この点に関しては周囲からずっと支えてもらっていたと思います。少なくとも、私自身は、自分の性的指向を理由に誰かから批判されたことは一度もありません。
Q:なるほど。以前、性的マイノリティ女性であることが、就職の場面ではむしろある種の強みになることもある、というようなお話もされていましたよね。
A:それは上司たちが直接そう言ったわけでもないし、人事がそう言ったわけでもなくて、私が自分で冗談っぽく言っていたことです。でも、実際そういう面はあると思っています。私は上司たちと冗談を言い合うときに、「そうなんですよ、私は超優秀な会社員なんです。だって、そういうことを考えなくていいから」って言ったりしていました。今もそうですけど、たとえば異動ですね。実は今の私のポジションって、やりたいと思う人は結構多いと思うんです。条件のいいポストなので。でも、誰でも自由に勤務地を変えられるわけではないんですよ。いろいろ客観的な事情があって、それができない人はたくさんいます。
Q:つまり、異性愛のカップルだと、たとえば家庭を築いたり、子どもを持ったりして、ある場所に定着することになりやすいけれど、あなたの場合は比較的いろいろな場所に移動しやすい、ということですね。
A:そうです。もちろん、一部の同性愛者の人たちでも事情は同じだったりして、そこはすごく複雑なんですけど、でも私自身について言えば、たしかにある種の強みにはなっていると思います。つまり、まず私と同じレベルの仕事能力があって、そのうえでこの業務を引き継げて、さらに上司との関係も良好で、しかも家族の居住地を気にしなくていい、という条件が全部そろわないといけないわけです。そう考えると、その条件を同時に満たす人って、実際かなり少ないと思うんです。だから、私はたしかにそういう理由もあったと思っています。
Q:ということは、あなたとパートナーの関係の中でも、勤務地が変わることは大丈夫だという感じなんですか。お二人とも、ある程度どこへでも動けるという感覚なんでしょうか。
A:今のところは、お互いにそういう認識です。今はまだ大丈夫です。何年か先のことはわからないですけど、少なくとも今はそうですね。
Q:わかりました。では、さっきのお話だと、中国では仕事の面では比較的うまくやっていたということでしたよね。能力もあって、環境からも認められていた。それなのに、なぜ2023年頃に日本に来ることを選んだのでしょうか。
A:私が「認められていない」と感じていたのは、性的指向のせいではなくて、当時いた会社でのことなんです。私は昇進のチャンスが何度もあったんですが、そのたびに直属の上司が私の代わりに断ってしまったり、勝手に断りを入れてしまったり、あるいはまったく異動させてくれなかったりしたんです。最初の二回くらいまでは、私は本当にその人が善意でそうしているんだと思っていました。たとえば、「そのポストはあまり良くないから、焦らなくていいよ。今昇進するより、三か月後にもっといいポジションがあるかもしれない」とか、そういう感じで言われていたので、そのときは私も「まあ、たしかに今の状況も悪くないし」と思って、受け入れていました。でも、それがあまりにも何度も続いて、もう信じられないくらいの回数になってくると、さすがにわかるんですよね。この人は本当に私のためを思ってやっているわけじゃないんだって。単純に、わざと私の邪魔をしていたんです。なぜかというと、彼は私に今の仕事を引き続き自分のためにやってほしかったからです。つまり、「ポストを与えるのは自分でありたい」のであって、他部署の人に声をかけられてそちらへ行かれるのは嫌だったんです。そうなると、私はもう「彼の部下」ではなくなってしまうから。要するに、そういうすごく嫌なタイプの人だったんです。実際、私はそのことで本当にずっと嫌な気持ちでした。私としては、もし自分に能力があるなら、会社がそれを認めて昇進させてくれるなら、それはもちろんありがたいことです。でも、すでに基準を満たしているのに、相手が個人的な都合で私の成長を妨げる、というのはどうしても受け入れられませんでした。だから辞めたんです。
Q:なるほど。つまり主にはキャリアの面でいくつか壁にぶつかって、それで思い切って退職したということですね。ただ、なぜ中国国内で別の都市や別の会社に移るのではなく、日本に来ることを選んだのでしょうか。
A:うーん、そのとき実は新しいオファーもあったんです。条件もすごく良かったです。でもそのとき私は、もうこんなに何年も働いてきたし、自分は仕事に対して本当に一生懸命な人間だと思っていたので、一度くらい、何にも責任を負わなくていい、完全に力を抜いた状態を味わってみたいと思ったんです。それに、自分でもずっと張り詰めていたと思います。私の仕事の成果って、自分の努力で勝ち取ったものなんですよ。決して、楽をして得たものでもないし、要領よく立ち回ったからでもない。そうじゃなくて、頭の中ではいつも複数の仕事やタスクが同時進行しているような状態で、ずっと仕事をしていたんです。休暇中でさえ、ずっと仕事をしているのと同じでした。海外みたいに、休暇中は本当にメッセージを返さなくていい、という状態ではないんです。そういうのは無理で、常にオンラインでいなきゃいけない。だから休んでいても、「完全にリラックスしていて、何にも責任を負わなくてよくて、何にも返信しなくてよくて、何にも考えなくていい」という状態ではまったくなかったんです。
Q:なるほど。今のお話だと、職場ではかなり多くのエネルギーを注いでいて、自分の能力を伸ばしたり、より高いポストを目指したりしていたわけですよね。でも多くの女性は、たとえば「理想は結婚して子どもを持つこと」だと考えたり、あるいは性的マイノリティ女性の中にも「やっぱり親密な関係のほうが大事だ」と考える人もいると思います。ご自身はそうした点で、かなり違うタイプだと感じますか。そういう、「仕事の中で努力して発展していきたい」という感覚は、だいたいいつ頃からあったのでしょうか。
A:それは、自分の価値を実感できるようなものを、私はほかの場所では得られなかったからだと思います。これは日本だけじゃなくて、中国でもそうだし、どこでも同じだと思うんです。たしかに、結婚して子どもを持ちたいとか、いい恋人を見つけたいとか、お金持ちの彼氏や夫を見つけたいとか、そう考える人はたくさんいます。でも、それでも私みたいな人もいるんです。ただ、中国では私みたいな人はやっぱりかなり少数だと思います。
私がこういう考え方になったのは、ほかの場所では自分が満たされなかったからです。両親との関係とか家庭の中では、私はそういう情緒的なつながりを得られませんでした。
それに、私はSTJ(性格分類の一つであるMBTIのこと。中国では若者の間でこうした性格分類が流行しており、STJタイプは一般に、感情よりも理性を重視し、現実的・秩序志向であると理解されている)なので、友達とはすごく仲がいいし、信頼関係も強いんですけど、毎日べったり連絡を取り合うとか、感情的なよりどころとしてつながっている感じではないんです。それから、もしパートナーがいなかったら、休みの日は基本的に家にいます。もともと自分から積極的に人と会いに行ったり、社交したりするタイプでもないので。これも前に話したことがありますよね。だから、私にはほかのところで「自分の存在価値」を見出せる場がなかったんです。そんな中で、たまたま「自分、仕事のことは結構うまく処理できるかも」と気づいたんです。そうなると、その部分でずっとポジティブなフィードバックを得たくなるんですよね。だから、もしかしたらここが自分にとって個人としての価値を実現できる場所なんじゃないかと思ったんです。でも、退職したのも、結局は「自分は本当にここでしか自分の価値を得られないんだ」と思ってしまっていたからなんです。自分がそんなふうに他人からの承認を強く求めるようになると、逆に他人に振り回されてしまう。相手が自分を認めないと、それだけで私は「認めてもらわなきゃ」とずっと追い立てられてしまうようになる。でも実際には、その相手の承認自体が、私にとってはもしかすると虚構だったのかもしれない。その人が作り出したものに過ぎなかったのかもしれない、と気づいたんです。
【在日中国人性的マイノリティ女性コミュニティへの参加と運営】
Q:ありがとうございます。先ほど、一年間くらいは休みたかったというお話がありましたよね。でも私の知っている範囲では、日本に来てからずっと語学試験の勉強をしたり、大学院を受けたりしていたと思うのですが、その途中で何か計画の変化があったのでしょうか。
A:はい、ありました。最初は本当に一年くらい休んで、ただ遊ぶつもりだったんです。でも、私みたいな性格の人間って、フィードバックを得られる場所がなくなると、「自分ってここにいる必要あるのかな」「私はここで何をしてるんだろう」ってなってしまうんですよ。だから最初は、のんびり日本語を勉強していただけだったのが、だんだん本気で勉強するようになりました。それで、あなたたちと知り合ってから、「人文学を学ぶのって、なんだか面白そうだな」と感じるようになったんです。私は4月に来て、12月にN1を受けて、それも合格したので、「じゃあ何か別のこともやってみようかな?」って思ったんです(笑)。それで、「だったら正式に大学院受験も予定に入れてみようか」と考えるようになりました。その次の年にはまた一冊の本の翻訳も始めて、自分はもしかしたら、元いた業界とはまったく関係のないことでもできるんじゃないか、そういうことにも挑戦してみていいんじゃないか、と思うようになりました。そういういろんなことが積み重なって、最終的に今の結果につながったんです。つまり、「もし横方向に、これまでとは違う分野のことをやるとしたら、自分が本気で努力したとき、どこまでできるんだろう」と思ったんです。私はそれを、ちゃんと努力してやってみたかったんです。
Q:なるほど。あなたは、私たちと知り合ってからご自身の計画にも少し変化があったとおっしゃっていましたよね。では、そもそもどうしてプライドイベントに来ようと思ったのですか。あと、プライドイベント以外で、ほかの性的マイノリティ当事者に出会うことはありましたか。
A:ないです。実は私は、知らない人と友達になるのがあまり好きじゃないんです。パートナーがどうしても行きたいって言うから、一緒に行っただけです。彼女が行くって言うなら、じゃあ私も一緒に行こうかな、という感じでした。私は、相手が「行きたいんだけど、一緒に行く?」って言ってくれたら、よほど体調が悪くない限り、「じゃあ一緒に行ってみようかな」ってなるタイプなんです。強く誘われなくてもいいんですよ。「行きたいんだけど、どう?」くらいで十分で、私は「いいよ」ってなる。でも、そもそも相手が行くと言わなかったら……という感じですね。
Q:なるほど。では、私たちのことはどうやって知ったんですか。どこかで情報を見つけたんでしょうか。それともパートナーの方が探してきたんですか。
A:彼女が見つけてきました。
Q:それで、最初の集まりのときに来てくれましたよね。でもそのあと、だんだんあなた自身も、たとえば参加者同士を紹介したりするようになって、途中から半分司会みたいな存在になっていた印象があるんですが。
A:そうです。それはもう、会社勤めの副作用ですね。あの場を見ていられなかったんです。ちゃんと秩序があって、きちんと進行して、会としてうまく成立してほしい、ちゃんとこの集まりを終わらせたい、みたいな気持ちになってしまって(笑)。
Q:それで、その日のことについて少し伺いたいのですが、あの日って、たくさんの人が集まって、写真を撮ったり、お酒を飲んだりして、そのまま解散していったじゃないですか。でも、そのあとで、たしかあなたは私と連絡を取るようになりましたよね。
A:私の記憶では、あなたのほうから声をかけてくれたんです。たしか、「誰かと相談したんだけど、もし興味があれば、今後こういう活動を一緒に何かできたら」みたいなことを言ってくれて。それで、ここには一つあるんですけど、私はそんなに積極的に人と仲良くなろうとするタイプではないんですが、いったん何かに関わると、わりと本気になるんです。それに、私もパートナーも、身の回りのことを話し合うのがすごく好きなんです。私たちは二人で本当にものすごくたくさん話すんですよ。自分たち個人のことだけじゃなくて、むしろそれ以外の話題もすごく多いですし、知っている人たちのこととか、お互いの身の回りで起きたこととか、そういうことを話すのがすごく好きなんです。たとえば、「なんでこの人はこういう感じなんだろう?」とか、「この人の動機はどこから来ているんだろう?」とか、「この人はどういう人なんだろう?」とか、「なんでこの出来事はこういうふうに展開したんだろう?」とか、そういう話をするのがすごく好きなんです。実際、あなたたちと初めて会ったその日も、帰ったあとで、私たちはその場にいた人たちの中で気になった人の話をしていました。たとえば、あなたとか、Mとか、その日は「この人たちはちょっと気になるね」と思ったんです。あとGもそうでしたし、そのとき私たちの近くに座っていた何人かの人についても話していました。私たちは、その人がどういう人なんだろうって考えたくなるんです。今日こんなふうに振る舞っていたけど、この人は本当はどんな人なんだろう、とか。その人に今のそういう振る舞いをさせている、ほかの属性や背景には何があるんだろう、とか。もし学生だとしたら、ずっとこの分野を学んできたのかな、とか。なんで社会学を勉強しているんだろう、不思議だな、とか。そういうふうに話していました。だから、人そのものへの関心は、もともとすごくあるんです。
Q:なるほど。つまり、私が誘ったあとで、それで来てくれたという感じだったんですね。
A:いや、そのとき私は「行きます」とは答えていないんです。その場では、「うん、今後また機会があれば考えてみてもいいかもね」くらいのことを言ったんです。というのも、私はそのときパートナーに、「あなたがみんなを集めていた以上、きっと何か目的があるはずだ」と話していたんです。でも、当日のあなたには、その目的が見えなかった。それが私にはすごく不思議だったんです。「なんでなんだろう?」って。そのとき私は、「どうしてこういう形なんだろう?」って思っていました。なんというか、本当にただ部屋を一つ開けて、みんなが入ってきて、で、扉を閉めたら終わり、みたいな感じに見えたんです。私は「なんでこうなるんだろう?」「あなたはいったい何がしたいんだろう?」ってずっと気になっていて、あなたが本当は何をしたいのかを知りたかったんです。そのときのあなたはすごくIっぽかったので(MBTIでいう「I」、つまり内向型のこと)、私はパートナーに、「たぶん表には出していないだけで、本当は何か目的があるんじゃないかな。そうじゃなければ、こんなことはやらないはずだよね」と言っていました。人が何かする以上、必ず何かしら目的があると思うんです。たとえ「ただみんなに集まってほしい」というだけでも、それ自体が目的ですよね。でも、そのときの私たちには、それが見えていなかった。だから私はパートナーに、「次にまたこういう活動があったら行きたい?」って聞いたんです。そしたら彼女は「行きたい」と言った。だから私はそのときあなたに、「じゃあまた次に機会があったら、そのときにまた話してみようか」と言ったんです。だから、はっきり引き受けたわけでもないし、断ったわけでもなかったんです。それで二回目は、どこかで会議みたいなものをしましたよね?
Q:うん、たしか何かの交流会でしたね。
A:そうそう、そうです。それで私たちは行ったんです。そのとき私たちが行こうと思ったのは、あの日話していたテーマがあったからなんですよ。今となっては、そのテーマが何だったかもう忘れてしまいましたけど。正直、何だったか全然覚えていないです。というのも、自己紹介と、それぞれが話したことだけで二時間くらいかかっていて、すごくたくさん話していたから。でも、そのときそのテーマについて話しながら、私たち二人は、「もしかしたら、こういう場だとみんなの別の一面が見えるかもしれない」と思ったんです。もっとみんなのことを知れるかもしれない、という感じでした。当時はそう考えていました。
Q:ああ、たしかセクシャルハラスメントの問題について話したんじゃなかったでしたっけ。
A:かもしれないです。本当にあまり覚えていなくて。
Q:つまり、その議論の場では、みんながもう少し深く話せそうだと思った、ということですか。
A:いや、深いか深くないかは、実はあまり関係ないんです。私が気づいたのは、みんなが「何も考えていない人」ではない、ということでした。私たちは、一人ひとりから本当にたくさんの情報を受け取っているんです。たくさんの情報、たくさんの手がかりをもらっている。でも、その情報そのものは本来、目的じゃないんですよね。だって、知りたいだけならネットで検索すればいくらでも出てくるから。でも問題は、その人がそういう情報を持っているとして、その人はその方向についてどう考えるのか、その人の考え方に自分が興味を持てるのか、その人を「面白い人だな」と感じるのか、そこなんです。大事なのはそっちであって、情報そのものはまったく重要ではないんです。
Q:なるほど。それで、その交流会では、話しているうちに、急にその場にいた私たちで別のコミュニティを立ち上げる、みたいな流れになりましたよね。
A:そうです。その日の議論がけっこう面白いと感じたんです。もっとこの人たちと一緒に、いろいろ掘り下げていきたいなと思いました。
Q:なるほど。では、最初にその活動をやろうと思ったときは、いろいろなテーマについて引き続き話していきたい、という気持ちだったんですか。
A:そうですね。そのとき、あなたはすごくはっきり、「日本にいる中国人の性的マイノリティ女性たちに、こういう場を提供したい」と言っていましたよね。それが自分のすごくやりたいことなんだと。それに、日本の性的マイノリティのコミュニティはよくできていて、相談できる場もいろいろあるし、支援もたくさんある、そういうものは性的マイノリティ女性にとって本当に役に立つと思う、とも言っていました。だから、中国人女性に向けても、同じようなことをやりたいんだと。私なりに理解したのは、あなたがより重視していたのは、そういう「場」を提供することなんです。その環境、その空間が存在していること自体が大事で、しかもその空間が存在することに価値があるんだと、みんなにもわかってもらえるようにしたい、ということだったと思います。一方で、Mはというと、もっとみんなと交流したい、みんなが何をしていて、何を考えているのかを知りたい、という感じでした。同性愛のことでも何でもいいから、とにかくいろんなことを知りたい。それが自分自身の認識にとって何か参考になるかもしれないし、あるいは観察の対象にもなるかもしれない、という感じだったと思います。私はその目的にもすごく共感していました。
それで、私は、あなたたちにはあなたたちの強みがあって、私には私の強みがあると思ったんです。私もこの中で、自分なりの価値を提供できるかもしれない、と。私は、自分がこのグループの中でまったく価値のない存在だとは思わなかったし、もし自分に何の価値もないと思ったら、そもそも参加していなかったと思います。もし、あなたたちだけでもう十分にできることで、私が何も提供できないなら、私はこのチームに何の貢献もできないことになりますよね。でも私は、「あ、自分にも何かできる部分があるかもしれない」と思ったんです。たとえば、みんなの進行役になれるかもしれないし、何かの物事の筋道を立てることもできるかもしれない。あるテーマについて話を回したり、話題を導いたりする役割もできるかもしれない。「あ、そういうことなら私にもできる」と思えた。
だから、じゃあ一緒に続けてみよう、一緒にやってみて、どこまでできるか試してみよう、と思ったんです。
Q:なるほど。最初にコミュニティをやろうと話していたとき、私たちは自分たちなりの考えを表現していきたい、という話もしていましたよね。最初に選んだテーマも、たとえばストリップの話題でしたし。そういう意味で、最初にこのコミュニティをやるとき、あなた自身も「自分の考えをみんなに共有したい」という気持ちは強かったんですか。それとも、とりあえずやってみようという感じで、そこまではっきり考えていたわけではなかったのでしょうか。
A:私は、やっぱりみんなに共有したいと思っていました。自分はこう考えているけれど、みんなも同じように考えるのかな、ということを知りたかったんです。だから、最初の頃のことを思い返すと、私はそれを「対立」だとは思っていなかったんですけど、ただ、それぞれ考え方が違うんだな、ということは感じていました。たとえば、あなたはすごくはっきり「性的マイノリティのことをやりたい」と思っていた。でも私は、「性的マイノリティそのものをやりたい」わけではなかったんです。これ、覚えているかわからないけど。多分私自身の見方も入っていると思います。私は、合う人とは合うし、合わない人とは合わない。それは性的マイノリティかどうかとは全然関係がないと思っているんです。私は、相手が性的マイノリティだからといって、その人とより話したくなるわけではない。だから当時は、このテーマをもっと「女性全体」に広げたいと思っていました。というのも、多くの場合、女性の経験ってすごく似ていると感じていたからです。たとえ性的マイノリティではなくても、多くのことに対する感覚や経験はすごく近いと思っていたんです。
Q:今、「女性の経験には共通する部分が多い」とおっしゃいましたが、たとえばどんな経験を思い浮かべていますか。
A:たとえばセクハラですね。以前、友達とこのことを話したことがあるんですけど、本当に私の周りの女性で、人生で一度もセクハラを受けたことがない人っていないんです。ゼロなんですよ。ゼロです。これは性的マイノリティかどうかなんて、まったく関係ないです。あなたが性的マイノリティであっても、相手は「この人はまだ男としたことがないのかもしれない」くらいにしか思わない。結局、全部同じなんです。だって、世の中の人はいつだって、「女は一人では生きられない」と思っているから。女というのは男に支えられて生活するものだ、年を取ったら男と支え合って生きるものだ、と考えられている。結局、全部同じ話なんですよ。
Q:たとえば、女性に共通する経験に関心を持つ人の中には、自分自身が現実の生活の中でそういうことを経験していたり、あるいは友人たちがそういう経験をしていたり、日常的にそういう話題について話していたりして、そこから関心を持つようになる人も多いと思うんです。あなたの場合は、どういうきっかけだったのでしょうか。
A:私は、自分自身が関心を持っていたんだと思います。じゃあ、どうして自分がそんなことに関心を持つのかというと、ニュースを見ていると、やっぱり女の人が被害を受けることがすごく多いなと思うし、女性ってそういうことから逃れられないんだなと感じるからです。たとえば前に、ある男性が本屋で女の子を見かけて「かわいい」と思って、その子をネット中で探し回った、みたいなニュースがありましたよね。でも、その女の子の立場からすると、その人から逃れる手段なんてないんです。自分から何か働きかけて、その出来事を起こらないようにする力なんてあるのかといったら、ないわけです。どうしようもない。だから、私の関心は、友達から来ているわけではないです。むしろ、この点に関して言えば、私の友達のほうが意識に目覚めるのは私より遅かったと思います。それに、私はこの手のことを彼女たちとあまり話したくないんです。というのも、私たちは考え方がかなり違うから。せいぜい、何かニュースがあったときに、「え、なんでこんなことになるの?」みたいに少し話すくらいで、ずっとこういう話をしているわけではないです。
レズビアンの友達の中には、かなりラディカル・フェミニズム寄りだと言っていい人もいますけど、その人たちの考え方も、私とはあまり同じではないです。少なくとも、それは私自身がやりたい方向とは違います。
Qその「違う」というのは、具体的にはどんなところでそう感じるのでしょうか。
A:言っていることと、実際の行動が一致していないと感じるからです。たとえば、「男はどうこうだ」と強く批判していても、実際のその人自身の生活を見ると、男の人との感情的なもつれの中にいて、結局そこから抜け出せていなかったりする。たぶんこれは、私のすごく傲慢な部分なんだと思います。だから、こういうことを言うのはちょっと申し訳ないし、実際、こういう話はパートナーにこっそり言うくらいしかしません。でも、私はそういうところをあまり評価できないんです。人は、言っていることとやっていることが一致しているべきだと思っています。それが人としての基本的な素質だと思う。でも、それがすごくすごく難しいことだというのもわかっています。つまり、もし他人を批判するなら、自分がまず100%それをできていないといけない。そうでないなら、批判しないほうがいい、と思っています。
Q:なるほど。先ほど、性的マイノリティだけではなく、女性全体に向けた活動にしたいというお話がありましたが、その考えは、実際に活動を続けていく中で何か変わりましたか。
A:たぶん、そこは変わっていないと思います。今でもそう思っています。ただ、やってみて感じたのは、やっぱり一人の人間の考えってすごく狭いんだな、ということです。たとえば、この前MBTIのテーマでやったとき、横一列に座っていた二組のカップルがいましたよね。どちらも、あまりイベントに来ない人たちで、一組は前にも来たことがあったけど、もう一組は私たちの活動にまったく参加したことがない人たちでした。でも、その人たちが見せてくれたあり方とか、その話題に向ける視点って、私自身にはないものだったし、私の友達にもないものでした。そういうときって、自分の中の「人間理解」がすごく豊かになるんです。人には本当にいろんなタイプがいて、みんな本当にこんなに豊かで、違っていて、多様なんだ、ということがわかる。そうすると、このテーマに対する自分の理解もまた広がるし、「物事を知るには、もっと全面的に、もっと多くの側面から見なければいけないんだ」とあらためて感じます。人間って、本当にみんな狭いんですよ。もし「人はみんなこういうものだ」と思い込んでしまったら、その時点で自分はもっと狭くなってしまう。このコミュニティを通して、私は、人って本当に一人ひとり違うんだということを実感しました。だからこそ、自分の視野はずっと開いておかないといけない。
私はそこがすごく面白いと思っていますし、それがこのコミュニティのとても面白いところだと思っています。
【ドキュメンタリー制作】
Q:そうですね。今のお話を聞いていて思ったのですが、性的マイノリティそのものよりも、むしろ女性全体に関心があるということでしたよね。でも、あなたとパートナーは中国にいた頃、「形婚(主にゲイ男性とレズビアン女性が、家族からの婚姻圧力や社会的期待を背景に結ぶ友情結婚のこと)」についてのドキュメンタリーを撮っていたじゃないですか。だから私は、もともとそういう人たちに関心があって、その作品を作ったのかな、と受け取っていたんです。あなた自身としては、そこをどう理解していますか。
A:あの作品は、純粋に彼女が撮ったものです。私はただ制作を手伝っただけで、その作品の内容については、創作面では何も関わっていません。メインのストーリーラインも彼女がすでに決めていて、私はその途中の表現の部分で、映像制作の実務を少し手伝っただけです。自分から何かアイデアを出したわけでもないし、そこに特別な関心があったわけでもありません。ただ、そのあと彼女が「次はこういうものを作りたい」と言って、新しい企画について脚本を話し合う段階になったときには、私はかなり関わりました。そのテーマが、私たちが今話している「女性が書くこと」だったんです。これって、創作者が変化していく一つのプロセスでもあると思うんです。最初、彼女がそのテーマに関心を持ったのも、もともとは自分自身のアイデンティティのことを考える中で、そういう問題にぶつかったことがあったからでした。それに、周りの友人たちも、「結婚するべきか」「カミングアウトするべきか」といった段階で葛藤していて、そこから彼女の中にそういう発想が生まれたんです。でも、後になってくると、彼女が関心を持つ対象は、性的マイノリティだけではなくなっていきました。たとえば、日本で何十代かの中年女性が生活していて、実際には生活保護を受けながら、同時にちょっとグレーな仕事もしている、そういう人たちの生き方にも関心を持っていました。そういう女性たちの生存のあり方にも目を向けていたんです。それから、「女性が書くこと」というテーマも、実際には「定義されることを拒むすべての女性」と関わっていると思うんです。彼女は、日本で知り合ったたくさんの女の子たちが本当にすごいことに気づいていって、みんな学業面でもとても優秀だし、生活面でもすごく前向きに生きている。
そういうテーマって、実は私たち自身のこれまでの生活の中では、あまり思い浮かばなかったものなんです。たとえば、あなたが社会運動をしているということもそうです。私たちの周りには、そういうことをしている人はいなかった。だから、「どうして社会運動をやりたいと思ったの?」とすごく知りたくなるんです。それって、最初に話したことともつながっていると思うんですが、つまり私たちは「人」に対してすごく豊かな関心を持っている、ということなんです。それで気づいたのは、こういうことって本当に、一人ひとりのあり方とものすごく密接に関わっているんですよね。そして、女の子たちはこんなにも豊かで多様なんだ、ということです。こういう視点は、私たちが普段触れているメディアやプラットフォームの中では、実はほとんど見えていなかったんです。だから、それを見せたい、みんなに知ってほしい、と思うんです。私たちのような人は実はたくさんいるんだ、こういう女の子たちは少数なんだと思わないでほしい。私は、それを見せたいんです。こういうふうに生きている女の子たちは、決して少数ではないんだ、と伝えたい。結婚して子どもを産むことだけが普遍的な人生コースだと思わないでほしい。違うんです。実際にちゃんと数えてみたら、そうではないかもしれない。そうやって初めて、孤立している女の子たちが、自分のそばにもっと多くの仲間がいると感じられるようになる。だから私たちは、その姿をどうしても見せたいと思っているんです。
Q:ということは、そういう感覚は、日本に来て、いろいろな人に出会ったあとで生まれてきたものなんですね。
A:そうです。それに、監督自身が変化していく中で、もともといろんな節目ごとに関心の対象が変わっていくのは自然なことだと思うんです。たぶん、研究をする人たちも同じですよね。その時々の段階によって、関心のあり方や傾き方は少しずつ変わっていくはずです。
Q:なるほど。ここまで聞いていると、このコミュニティでは本当にたくさんの人に会えて、いろんな考え方を聞けて、それがあなたの「人への関心」ともすごく合っているんだなと感じます。では、それ以外に、実際に活動をやっていく中で、何か予想していなかったことはありましたか。
A:予想していなかったことがあるとしたら、たぶんそこですね。でも、逆に予想していたこととしては、自分の能力で誰かがやりたいことを実現する助けができるなら、私はそこにものすごく大きな満足感を感じるだろう、ということでした。つまり、あなたたちがこのコミュニティをやろうとしていた目的があって、もし私がそれを実行したり、前に進めたりできるなら、私は「あなたたちのその目的もちゃんと達成に向かっている」と感じられるんです。それは、上から目線で「私があなたの願いを叶えてあげる」みたいなことでは全然なくて、そうじゃなくて、私にも価値があって、他の人がやりたいことを実現する助けができる、ということ自体がすごくうれしいんです。そういう感覚なんですよね。
自分がそういう価値を提供できることが、本当にうれしいんです。
Q:なるほど。では、日本に来てから、ご自身で普段、日本の性的マイノリティをめぐる環境について意識的に見たり考えたりすることはありましたか。たとえば、日本のほうが少し生きやすいとか、性的マイノリティに比較的フレンドリーだと感じて、「だったら日本にもう少し長くいたい」と思う人もいると思うのですが、あなたにはそういう感覚はありましたか。
A:私は本当に、最初からそのことにはゼロ関心でした。それに、みんなが「日本は性的マイノリティに対してもっとフレンドリーだ」と言うのも、私はあまり納得していません。私が思うに、それは単に日本人同士の距離が遠くて、他人が何をしているかにあまり干渉しない、というだけなんです。私はそれを「性的マイノリティにフレンドリーだ」だとは思わない。私自身の経験で言えば、生活の中で、自分の性的指向について何か言われたことって、両親以外には一度もありません。仕事でも、友達関係でも、性的指向のことで何か疑問をぶつけられたことはなかった。もちろん、これはすごく個別的なケースなのかもしれません。でも、それが事実なんです。だから、実際はそんな単純な話じゃないと思っています。中国でも、それは得られるものだと思うんです。こういうことって、自分で変えていくしかない部分がある。もちろん、みんなが努力していないと言いたいわけではないんですけど、やるべきことをやれば、可能性はあると思っています。私は、自分がこうやって生きること自体が、ほかの女の子たちに何か想像の余地を与えられるかもしれない、と本気で思っています。それに、自分自身のことを考えても、私は本当に昇進したいと思っていました。この前も、パートナーと私の妹のことを話していて、今の彼女たちは、仕事で昇進したいとか、給料を上げたいとか、そういうことをすごく考えているように見えます。でも、私たちが働き始めた頃って、そんなことは全然考えていなかった。ただ、自分のポジションでまだできないことがたくさんあって、そのスキルを身につけたいとずっと思っていたんです。
私が本当に昇進したいと思うようになったのは、「もし自分がリーダーになったら、こんなふうにはしないのに」と思ったからです。私はこういう職場環境を作りたくない。もっといい職場環境を作りたい。だからリーダーになりたい。純粋にそれだけだったんです。最初に強く「リーダーになりたい」と思ったのも、何年かずっと、「絶対に昇進しなきゃ」と思っていたのも、結局は発言権がほしかったからです。発言権がなかったら、何を言っても意味がない。これは性別の問題だけじゃなくて、仕事の中で私が出会ったいろんな不公平にも関わることなんです。私がリーダーになりたいと思ったのは、公平がほしかったからです。大学時代には学生会長をやったこともあります。学生会っていうと、すごく官僚的だとか、いろいろ言われがちだし、そういうニュースもたくさん見てきました。でも、私が学生会長をやっていたときには、少なくとも私は、そういうことが一件も起こらなかったと断言できます。なぜなら、私はそういう人間じゃないからです。その経験で気づいたのは、リーダーがどういう人かによって、そのチームがどういう雰囲気になるかが決まる、ということでした。何かを率いる人がどういうスタイルかで、みんなもそのスタイルになる。私はそういう余計なことを一切やらなかったから、周りの人もそういうことをする必要がなかった。
私はいつも、「このことをちゃんとやれるかどうか」だけを見ていたし、ただその活動をうまくやりたかっただけなんです。だから、ルールに沿って役割を分担して、みんながそれぞれのタイミングで動いて、このことを少しずつ前に進めていけばいい、というふうに考えていました。だから、もしある人にそういうことをする能力があって、しかもそれがみんなのためになることなら、少なくとも私はそこにすごく大きな達成感を覚えます。そこに自分自身の価値の置き場所がある、という感じです。だから、自分にできるなら、私はやりたいと思うんです。でも、以前、特に会社を辞めた頃には、そういうことにすごく反発していた時期もありました。私は、「なんで私が努力して、能力もあって、できるからって、必ずやらなきゃいけないの?」と思っていたんです。すごく疲れていた。だって、私はそれを楽にできていたわけじゃないんです。ものすごく努力して、すごくたくさんのものを払って、やっとできるようになった。それなのに、周りは環境がどうだとか、そういうことばかり言う。でも、環境が悪いと思うなら、自分で何かしたらいいじゃないですか。口で批判しているだけで何の意味があるの、と思っていました。
【帰国と越境的なコミュニティ参加】
Q:なるほど。では、そのあと最終的に中国に帰ることを決めたわけですが、その考えは途中のどのあたりから出てきたのでしょうか。
A:この上司は、本当に職場ではなかなか出会えないタイプの、かなり公正で、人としてもかなりいい上司だったと思います。本人の能力もとても高くて、私はかつて仕事の面でその人をとても尊敬していました。というのも、このくらいの年齢やキャリアの段階になると、自分の仕事能力について「まだここを伸ばせる」という点が見えにくくなることってあるんです。多くの場合、この段階になると仕事の能力ってかなり総合的なものになっていて、顧客との関係を安定させられるとか、お互いに良い関係を築けるとか、そういうことができれば昇進できる、ということが多いんです。それは別に悪いことではなくて、むしろそれ自体が能力なんですよね。なぜなら、いろんな部署を動かして自分に協力してもらわなければいけないわけで、それは一つのコミュニケーション能力だからです。ただ、人によっては、そのコミュニケーション能力が昇進理由の八割、九割を占めているような場合もあります(ただ、この上司の場合は、コミュニケーション能力だけでなく、それ以外の実務能力そのものも高かったです)。そう考えると、そういう上司に出会えることって、いいポストを得ることよりも難しいくらいだと思います。
Q:では、今は日本からまた中国に戻ったわけですが、これから先、中国での生活や、コミュニティとの関わりについては、どんなふうに考えていますか。何か今の考えや予定はありますか。
A:仕事のほうは、普通にそのまま続けていくつもりです。それからコミュニティについては、実はパートナーとも話しているんですが、私たちは今でもかなり関わりたいと思っているし、これからも、もっとよくしていけるかどうか見ていきたいと思っています。今回の活動に参加できなかったのは、ちょうど仕事と、それから猫を迎えに行く予定が重なってしまったからなんです。猫を迎えて中国に連れて帰るというのは、私たちにとってとても大事なことだったので、それでずっと予定がずれ込んでしまいました。でも、今後については、私はできるだけ現地で参加したいと思っています。プライドイベントもそうですし、6月7日と8日については、もうすでに時間を空けてあります。私たちは参加したいと思っています。
Q:なるほど。でも、こういうふうに日中を行き来するのって、人によってはかなり大変だと感じることもあると思うんです。あなた自身としては、往復することはまったく問題ない、という感じなんですか。
A:費用の面は、私たちにとってはあまり問題ではありません。ただ、時間と体力のやりくりという意味では、やっぱり少し大変ではあります。もちろん、仕事もしないといけないので。だから、今後もし活動があるなら、土曜日にしてもらえるとすごく助かります。日曜日だと、その日の夜に必ずしも移動できるとは限らないので。土曜日であれば、金曜の夜に移動して、日曜に帰ることができるので、それなら大丈夫です。それに、これは私個人にとっても、すごくいい切り替えになると思っています。私は、自分を仕事から物理的に離して、気持ちを調整できるものがほしいんです。コミュニティが、そういう「自分の居場所」みたいな環境になってくれるといいなと思っています。つまり、自分の生活にはこういう一面もあるんだ、と確認できる場所ですね。こういう形で自分自身を補っていけるというか。もしずっと仕事の環境の中にだけ立ち続けていたら、私はまた機械みたいになってしまう。私は自分がそういうふうになるのは嫌なんです。

